旭あさひ歌舞伎保存会(令和4年4月をもって解散しました)

旭は、明治中期には地元の役者「初代市川紅之助(本名・上田宇一)」らが中心となって「万人講」が作られ、歌舞伎の興行が行われていました。
昭和55年(1980)、初代市川紅之助の息子である上田宇能を初代会長として「旭町歌舞伎保存会」が発足し、豊田市への町村合併を機に「旭歌舞伎保存会」に名を改め、現在に至るまで歌舞伎の保存活動に努めています。